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ラジオで伝えたライオンズ ~監督・選手たちと過ごした二十七年~

中川充四郎[2011]『ラジオで伝えたライオンズ ~監督・選手たちと過ごした二十七年~』,文芸社

 文化放送ライオンズナイターのリスナーにおいて,「中川充四郎」の顔をすぐに思い浮かべられずとも,その名を知らぬ者はいるまい。本書は,1982年から2009年までの27年間,ベンチリポーター,コメンテーターを務めた著者による監督別,選手別,そしてキャンプ地別の回顧録である。

 これまで元選手の自伝や出版物は数多く見られた。たとえば,鹿取義隆[2008]『救援力――リリーフ投手の極意』ベースボール・マガジン社は,本書と同年代における巨人や西武のチーム事情を対照的に描いていて興味深い。とはいえ,選手によっては,オフレコで執筆できない裏事情があったり,自らの功績や貢献を照れくさくて表現できないこともあるだろう。

 しかし,著者のような立場で,すなわち,チームの当事者ではなく,かつスポーツ界の素人(レポーター以前はマクドナルドに勤務)からレポーターを開始し,長年チームに密着してきた人は,読者からすれば,監督・選手の横顔を客観的に評価することが可能な唯一の人材ではないだろうか?貴重な一次情報の提供という意味でも,本書の役割はきわめて大きく感じられる。

 せっかくだから,本書から,著者らしいそのようなエピソードを,2点選り抜いてみよう。

(1) 球団移転当初,西武球場の平日ナイターは午後6時半プレーボールだったが,番組の開始時間は6時。つまり,プレーボールまでの30分間,番組の穴埋めをしなければならなかった。さらに,試合開始が遅いと,(独特の立地事情ゆえ――評者注)最後まで球場で試合を見られないファンも多い。番組がそういうリスナーの意見を集約し,球団と交渉した結果,開始時間が早まり,番組開始→即プレイボールが実現した(16-17頁)。

(2) 2007年の秋季キャンプから,デーブ大久保打撃コーチが夜間練習の代わりに発案したアーリーワークが,翌年の日本一達成に遠因になったことは有名だ。実は,この「アーリーワーク」というネーミングには,充四郎さんも一役絡んでいた。キャンプ初日,メニューに「早朝練習」と記されていたが,充四郎さんがデーブに,「『早朝』だと,やらされているイメージが強い」と話したところ,「アーリーワーク」という名称で意見が一致し,翌日から早速取り入れられた(129-130頁)。
 このようなエピソードは,著者が口を開いてくれないと,おそらく闇に埋もれた事実と化していたに違いない。そういう意味で,自称ファン歴40年の評者も,非常に新鮮な気持ちで読むことができた。

 文体も滑らかで,ラジオからトークを聴いているかのよう。かつ,レトリックに富んでいて面白い。たとえば,次のような選手エピソードがある。「鈴木健は,「打高守低」という特徴のあるプロ選手を輩出する,浦和学院高校出身。キャンプでは,打撃練習と守備練習に向かう表情がまるで別人。(中略)この伝統は,しっかり高校の後輩・石井義人が受け継いでいる。守備の面も含めて」(139頁)。東尾渡辺久信石井貴といった「伝わりやすい」選手には,屈託のない表現が並ぶ。他方で,田辺鈴木健など,ダンマリ派のエピソードにも事欠かない。(健さんは最近,解説に,Twitterに,軽やかな口調になっている。笑)ただ,清原には少し気を遣っているのだろうか。巷間で言われている姿だけが実像ではないよ――という思いが伝わってきた。

 紙面の都合上,掲載できなかった選手もいただろう(大田松沼兄弟など)。また,助っ人外国人選手を特集した章があっても良いかと思った。なにしろ元祖AKBは,秋山,清原,バークレオなのだから…。番外編の「パリーグ 今はなき思い出の球場」は,日本ハム,ロッテ,南海,阪急,近鉄の各ファン,そして平和台で観戦していた博多っ子にも目を通してほしいところ。このような本が,12球団揃うことを願って止まない。

 

https://www.amazon.co.jp/dp/4286100162

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メットライフドーム(2019年9月20日,筆者撮影)