ブロ野球書評ニュース

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プロ野球vs.オリンピック 幻の東京五輪とベーブ・ルース監督計画

山際康之[2020]『プロ野球vs.オリンピック 幻の東京五輪ベーブ・ルース監督計画』,筑摩書房(筑摩選書0189)

 「本書は,プロ野球創成期とあわせてベルリンオリンピック,さらには昭和15年幻の東京オリンピックとなった時代を舞台に,未知の職業野球に飛び込んでいった若者と,球団創設に奔走した人々を題材にしたノンフィクション作品」(9頁)とあるが,伏線として常に存在し続けたのは,ベーブ・ルースの去就・動向であった。ベーブ・ルースが来日して日米野球を開催できたことで日本の職業野球が誕生し,職業野球の誕生によってアマチュア野球との確執が発生し,日本が野球競技でのベルリンオリンピック出場の中止を決定すると,アメリカの野球協会がベーブ・ルースにオリンピック出場チームの団長を要請し,その公開競技が実施されても,ベーブ・ルースはベルリンに来なかった……。1930年代における日本の野球史が,良い意味でも,悪い意味でも,ベーブ・ルースの影響を,悉く受けてきたことを物語る著作である。
 それだけに,本書を通じても,あるいは章内においても,登場人物が入れ替わり立ち替わり,めまぐるしく変わるので,読者にとっては,誰が誰だか,わからなくなる可能性もある。往時の野球史を多少なりとも知ったうえで読んだほうが,本書は読みやすいのかもしれない。その際,多くの読者は,その主人公に沢村栄治を思い浮かべるだろうが,けっして沢村だけが,日本の職業野球の黎明期のヒーローだけではないということを,思い知らされよう。
 本書の大半は,1936(昭和11)年2月の職業野球連盟発足までに至った各球団の選手争奪戦に紙幅を割いている。それは,中等学校野球・大学野球都市対抗野球というアマチュアからの引抜きという事態に留まらず,巨人軍タイガース阪急軍セネタース金鯱名古屋軍大東京軍という7つの職業野球チーム間の引抜き合戦でもあった。プロ入りした選手には「支度金」,今日でいうところの「契約金」が支払われたが,その金額は,昭和恐慌から景気回復の兆しを見せ始めた1930年代半ばにおいても,きわめて高額なものであった。地域間や産業間で経済格差が拡大していく時代に,これだけの支度金や月俸をはたけるようになった親会社の興業力とスカウト陣の腕力,そして,そのカネ欲しさに卑賤の職種に身を投げさせる選手の家族模様にも,注目したいところである。
 沢村が手榴弾を投げてから,東京オリンピック開幕までに要した本書の行数は,わずか10行だが,その四半世紀には,四半世紀以上の大きな時間が流れている。198頁におけるこの「空白の四半世紀」が,本書の帰結といっても,過言ではなかろう。

 

 

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リグレーフィールドのクラブハウス通路にて(2019年11月24日,筆者撮影)