ブロ野球書評ニュース

野球の本に関する書評のブログです。

詰むや,詰まざるや

長谷川晶一[2020]『詰むや,詰まざるや 森・西武vs野村・ヤクルトの2年間』,インプレス

 本書の目的は,いまでも激闘と讃えられている西武ヤクルトによる1992~93年日本シリーズ計14戦の試合過程と勝敗のキーポイントを,黄金時代のメンバーたちと回顧しつつ,そのうえで,「両者の決着はついたのか?一体,どちらが強かったのか?」という問いを,四半世紀超を経た現在,彼らに投げかけてみる点にある。

 著者が大のヤクルトファンであり,92年の覇者が西武,翌年の覇者がヤクルトである以上,本書の構成自体が,常に西武による表の攻撃ヤクルトによる裏の攻撃というヤクルトのホームグラウンドというタッチで描かれている。したがって,西武ファンである評者からすれば,ビジター応援しているような感覚で講読していたが,双方のチームメンバーには,贔屓なく客観的に語られている点では,敵味方関係なく非常にフェアで,他球団ファンでも読みやすいに相違ない。

 本書のおもしろさは,当時主役を演じた監督・コーチ・選手たち一人一人に,四半世紀以上経過して誰を欠くということもなく,インタビューできている点にある。この取材に対する時間的コストは,コロナ前であったとしても,膨大なものであったと推測される。

 本には,書くタイミングというものがある。決戦の直後では,憚れる暴露もあるだろう。「いまだから言える」という時効が必要となる。それと同時に,「いまだから言える」にしても,リミットがある。とりわけ,本書の主人公である野村克也監督は,2020年2月11日に逝去している。したがって,それ以降であれば,もう二度とノムさんから本音を引き出すことは叶わない。

 他方,有罪判決を経て語るにも語る場を失っていた清原和博は,2020年6月15日に執行猶予を満了した。刊行の時期から推測して,清原への電話取材は猶予期間中だったのだと思われるが,いずれにしても,ノムさんにも,キヨにも話を聴けるチャンスに恵まれたことが,本書の刊行に絶好のタイミングを与えていたといえよう。

 本体価格が2000円というのは,野球本としては高額な部類である。だからといって,本書を上下巻に分けてしまうと,92年と93年の日本シリーズが断絶してしまって,前年の「伏線」を翌年に回収することができない。400頁近くに及ぶドキュメンタリーは,たとえ直接話法が繰り返される文体であったとしても,一気に読み通すにしては長い。そうであるならば,ここは,往時のプレーをYouTubeや動画で振り返りながら,じっくりと本書を読むのをお薦めしたい。

 その「伏線」に当たるものはいくつか確認されるが,拙評では2点挙げておきたい。1つは,名外野手・飯田哲也の守備,もう1つはギャンブルスタートである。

 飯田は,92年第7戦の7回表1-0ヤクルトリードの場面で,「打者」石井丈裕のフライを落球してしまったことで,同点に追いつかれてしまう。

 しかし,翌年第4戦の8回表1-0ヤクルトリードの場面で,二塁走者・笘篠誠治の捕殺に成功し,この試合に勝利をもたらした。

 他方,ギャンブルスタートに関しては,92年第7戦で飯田落球後の7回裏1-1同点1死満塁の場面で,三塁走者・広沢克己が試みるも,「お嬢さんスライディング」となったために伊東勤のブロックに阻まれてしまう。結果的に,ここで勝ち越せなかったことが,ヤクルトの優勝を遠のかせたとして,語り継がれている。

 だが,翌年第7戦には,8回表3-2とヤクルトが1点リードした1死三塁の場面で,走者・古田敦也が広沢のショートゴロの間に,ベンチのサインを無視してギャンブルスタートを試み,1点をもぎ取った。このギャンブルスタートは,前日の第6戦にもヤクルトが仕掛けてきたが,不発に終わっている。そうした1点の奪い合いこそ,西武の森祇晶監督は,印象に残っている場面として挙げている(336頁)。

 飯田の捕球にしても,ギャンブルスタートにしても,ヤクルト側が1年目には失敗し,2年目に結実している。だからこそ,2年で1つの日本シリーズなのであり,その物語を1シーズンで断絶させてはならないという思いが,行間から滲み出ている。

 また,これら4つのプレーのうち,3つが第7戦で発生している。だからこそ,日本シリーズの第7戦には,とりわけ特別な意義が存在していることを,改めて認識させられる。93年以降,日本シリーズは昨年までに29回実施されているが,第7戦までもつれたカードは,2003年ダイエー阪神の内弁慶シリーズ,2008年の西武巨人,2011年のソフトバンク中日,2013年の楽天巨人の4回しかない。

 そのなかで,2008年の第7戦では,今度は西武がギャンブルスタートを片岡易之中島裕之によって決めることができた。(若干,ゴロゴー気味ではあったが。)であるならば,同年の日本一は,野村監督が宿敵巨人を倒すために西武へ授けてくれたものだと言っても,過言ではなかろう。ただし,広沢自身の「≪ギャンブルスタート≫ではなく,≪広沢スタート≫って読んでもいいんじゃないのかな?」(344頁)という期待には,現在もなお応えられていない。(笑)

 結局,両者の決着はついたのか?監督・選手の大半が,決着はつかない,引き分け,それでも西武のほうが上と多く回答するなかで,飯田だけが「ヤクルトの勝利ですよね」(359頁)と明快に答えているのが印象的だった。彼にとっては,ヤクルトの勝利であるとともに,自分自身への勝利だったのだろう。

 近年は,クライマックスシリーズの導入によって,2年連続で同じ組み合わせになる可能性が低い。そのうえに,とくに最近8年間は,ソフトバンク(の秋山幸二工藤公康両監督)が強すぎたのか,はたまたセ・リーグの出場チームが弱すぎるのか,第7戦を実施する日本シリーズに恵まれていない。4戦全勝の完膚無きまで叩きのめす日本シリーズも結構だが,球史に残る駆け引きと記憶という点では,第7戦の日本シリーズを,そろそろ見たい

 スワローズは2019年7月11日,ヤクルト球団設立50周年を記念したOB戦「スワローズ ドリームゲーム」を開催した。ここにおいても監督として登場したノムさんは,選手としてスワローズOBではないにも拘わらず,自らに代打を命じ,久々にプレイングマネージャーぶりを発揮した。死期は近づきながらも打席に立つノムさん,そしてノムさんを支える愛弟子の真中満川崎憲次郎・古田・池山隆寛の表情が,いい大人たちなのに,実に愛らしい。この一コマの写真は,野球殿堂博物館の企画展「野球報道写真展 2019」で「ベストショットオブザイヤー」を受賞した。(436票には,評者自身の投じた1票も含まれている。)

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 翻って,ライオンズでもこういうOB戦,そして監督が打席に立つ姿を想像できるだろうか。スワローズを羨ましく思いつつも,こうしたOB戦の実現性はかなり低い。評者自身が決着を申し渡すことを許されるならば,こういう側面を含めて,軍配はヤクルトに上がったとしても問題なかろう。

 

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